福岡高等裁判所 昭和26年(う)962号 判決 1951年8月09日
控訴人 被告人 谷丸正義
弁護人 田中康吉
検察官 山本石樹関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人田中廉吉が陳述した控訴の趣意は同人提出の同趣意書に記載の通りであるから茲に之を引用する。
同趣意書第一点に付いて。
論旨は起訴状の公訴事実の記載中に将来公判に提出すべき証拠を(証第何号)の形式で現わしているのは裁判官をして審理に先ち証拠存在の予断(犯罪成立の予断)を生ぜしめるもので刑訴第二五六条第六項に違反し公訴自体無効であると云うのである。
刑訴第二五六条第六項が禁止しているのは裁判官に事件の予断を生ぜしめる虞ある書類その他の物の添附、又はその内容の引用であつて本件起訴状には右法条に云う書類又は物の添なきは勿論その内容の引用もないのであるから同法条に牴触するものでない。勿論検察官においてもその必要がないのに起訴状の公訴事実の記載の内に将来証拠として提出すべき証拠を仮令(証第何号)なる形式を以てするに過ぎないにせよ表示するのは避くべきことではあろうけれども凡そ公訴の提起があつた以上起訴状に前示の如き記載の有無を問わず裁判官としては当然検察官側に何等かの証拠の準備あるべきは当然予測しているところであり、この予測は素より犯罪成立の予断とは何等の関係のないところてあるから右の記載を捉えて前記刑訴第二五六条第六項の禁止に該当するものとなす論旨は右法条の精神を正常に理解せず且証拠存在の予測と犯罪成立の予断とを混淆するものであつて採用に由ない。
同第二点に付いて。
宝くじ券の番号を改さんする行為が有価証券の偽造に該当するか変造に該当するかは該行為が行われた時期が抽せんの前であるか後であるかによつて決すべきものと信ずる。抽せん前においてその番号を改さんする場合(素より当せん番号を知るに由ない)は単なる変造であるが抽せん後何等にも当せんしなかつた所謂空くじの番号を当せん番号に改さんする場合においては既に廃紙に帰した宝くじ券を利用し発行名義を冐用して有価証券を新しく作成するものであるから当然有価証券偽造に該当するものと云わねばならない。従つて本論旨もまた理由がない。
第三点について。
論旨の通り有価証券偽造、同行使、詐欺の間には順次に手段結果の関係がある。従つて刑法第五十四条第一項後段第十条により最も重い右の内一罪の刑により処断すべきである。
原判決事実摘示によれば(一)有価証券偽造、同行使、詐欺と(二)偽造有価証券行使、詐欺と(三)の有価証券偽造、同行使、詐欺未遂とが存する訳であるから、各刑法第五十四条第一項後段第十条により各犯情の重いと認むる偽造有価証券行使罪(三個)の刑を以て処断すべく右三個の行使罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから第四十七条第十条により犯情の最も重いと認められる(三)の偽造有価証券行使罪の刑に併合罪の加重をした刑期(処断刑)範囲内において処罰すべきである。
然るに原判決は之に反し偽造有価証券行使と詐欺(同未遂)との間にのみ牽連関係を認め有価証券偽造と同行使の間に牽連関係を認めなかつたのは確かに法令の適用に誤りがあつたものと云わねばならない。併しながら原判決の擬律においても結局前示(三)の偽造有価証券行使罪の刑に併合罪の加重をした刑期を以て処断刑としその内より主文の刑を宣告しているのであるから右の法令適用の誤りは結局判決には影響なきものと云わねばならない。従つて本論旨も結局理由なきに帰する。
同第四点に付いて。
記録を精査してみても原判決の刑が重きに失するとは思われない。従つて本論旨もまた理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 仲地唯旺 裁判官 青木亮忠 裁判官 藤田哲夫)
弁護人田中廉吾の控訴趣意
第一点本件起訴状は訴因第一の有価証券偽造の事実を摘示するに当り「〇二四組一六二一三三号(証第一号)〇六四組一六二一三三号(証第四号)の何れも百万円当選宝くに券二枚の偽造を遂げ」と記載し被告人が偽造した宝くじ即ち証拠物件の標目を記載し証拠の存在を明示している。こわ裁判官をして審理に先だち被告人が本件犯行を為した事の証拠存在の予断(犯罪成立の予断)を生ぜしむるものであつて斯る公訴の提起は違法というべく刑事訴訟法第二五六条第六項第三三八条第四号に則り公訴は棄却さるべきものと思料する。
然るに原判決が弁護人の叙上の主張を排斥して適法の公訴と称したのは違法である。
第二点原判決は其理由掲記第一の事実を以つて有価証券の偽造と認定し刑法第一六二条第一項に第二乃至第四の事実中行使の点は偽造有価証券の行使と認定し刑法第一六三条第一項に各問擬した。併し原判決理由説示及押検第一号第二号第九号等によつて明かである如く本件事実は被告人が空宝くじ券中の番号数字を切り抜き他の数字を嵌め込みたるに過ぎないのであるからこわ偽造でなく変造であると思料する。然るに原判決が有価証券偽造及その行使罪に問擬したのは違法である。
第三点原判決は其理由冐頭に於て「被告人は……右当選宝くじを偽造して金員を騙取しようと企て」と説示し次いで第一事実の説示に於て偽造を遂げ第二第三第四事実の説示に於てこれを行使し金員を騙取し若しくは騙取の目的を遂げなかつたものであると判示し尚法令の適用に於て偽造有価証券行使と詐欺又は詐欺未遂とは手段結果の関係にあるものとして刑法第五十四条第一項後段を適用し偽造と行使若しくは詐欺とは併合罪として刑法第四十五条前段を適用した。然れどもその理由冐頭説示の如く被告人が頭初から当選宝くじを偽造して金員を騙取しようと企て以つて之を偽造し及行使し金員を騙取し若しくは騙取しようとしたものであるならばこわ被告人の頭初からの計画的一連の行為であつて偽造とその行使及詐欺とは何れも手段結果の関係にあるものと言うべく刑法第五十四条第一項後段を適用すべきものと思料する。更らに之れを詳言すれば原判決は(一)行使と詐欺とは牽連犯とし(二)偽造と行使詐欺とは併合罪としている。
併し第一事実と第二、第三、第四事実とは何れも牽連犯であつて第二、第三、第四事実とが併合罪(改正前の連続犯)の関係にあるものと思料する。然るに原判決が偽造と行使及詐欺とは併合罪の関係に立つものとして刑法第四十五条前段第四十七条、第十条を適用したのは法令を不当に適用し又は適用しなかつた違法があるものと思料する。
果して然りとするならば原判決は偽造と行使及詐欺とを併合罪として刑の併合加重をしているから原判決に影響がある。
大審院昭和五年(れ)第四二号同年三月二十七日第二刑事部判決
同大正二年(れ)第一九七一号同年十一月二十日第二刑事部判決
同昭和七年(れ)第六七五号昭和七年七月二十日第三刑事部判決
同大正三年(れ)第三四八七号大正四年三月二日第一刑事部判決
同昭和四年(れ)第三二八号同年五月十一日第三刑事部判決
同昭和九年(れ)第二三六号同年五月三十一日第一刑事部判決
第四点原判決の刑の量定は過当と思料する 被告人は予てから妻子とともに他家の間借をして生活していたが之が明渡をしなければならぬ事情が生じ又営業の関係上一戸を構え倉庫の必要もあつたので家を新築した。ところが被告人は商売に失敗し多額の負債を生じ日夜債鬼の責むるところとなり新築後三、四ケ月を出でずして之を売却し負債の一部を償還した。併し被告人には尚多額の負債があり債権者は日夜来りて被告人を離さないので被告人はこの窮境打開の策として宝くじ数十枚を購入した。被告人のこの果無き夢も消えその全部が空くじに帰した。被告人はこの空くじ券を手にして既に不用に帰した宝くじ券の番号を切抜き組み合せ等している時之を利用して当選したが如く裝い。一時負債の猶予を求めん事を企図した後更らに幾何かの金を借り入れ木材等を買入れこの窮状を免れんとしたのである。之れ本件犯罪の動機とするところである。而して被告人は偽造にかかる証券の一枚は之を仮空の人物の住所氏名を記して郵送しその書留郵便の受領書によつて目下賞金請求中と称して債務支払猶予の具に供せんとしたが他の一枚は前野友太郎が自ら賞金受取の手続を為し遣すべしとてこれが交付を求めたので被告人は之が交付の已むなきに至つたのである。茲に於て被告人はその罪の発覚の必至なるを思い遺書を認め死の機会を待つていたのである。ところが前野友太郎に証券交付後三日にして突然逮捕せられ死の機会を失つた。被告人は元来極めて勤勉実直な人物であつて近隣の評判もよいのである。被害者谷口三治すら被告人の人物を称揚しているのである。本件は全く債鬼から責められた結果の偶発的他動的犯罪と称すべきものと思料する。
又その改悛の情極めて顕著であつて死を以つて償わんとさえしている。その被害は全部弁償し何等の実害はない。
以上の事実は被告人の原審公判廷に於ける供述及検察庁並警察に於ける供述調書谷口三治の警察に於ける供述調書、
被害弁償の領収証二枚等によつて証明さるる。
以上の事実を綜合するとき原判決の量刑は重きに失すると思料する。